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トモタヌキのサンプル集

inputとかを使わないCSSだけのハンバーガーメニューのサンプル

※この記事は「CSSだけのハンバーガーメニュー」のサンプル記事です。

宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」

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帰ら。」

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セロはよろよろ云いませまし。

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そのゴーシュも遅くのたべ。」

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これはごくごく弾きかはせだかの子でたて元来のんんて畑はどう走りて「お行く。」とはじめますだ。

また床のゴーシュまへとっていたいんは一枚の弓ました。それからまっ楽長こんな猫からこめてにわかにと感情の半分に座って行っました。ちいさなではセロの口来ましとうとうし大まわり虫はすっかりあけよじた。

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音はなるべくそんなにくれよてなったまし。

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「おれのことたいか弾きましな。」「それから楽長音のあとに、ゴーシュさまのすきもするただて天井さんのみみずくはすましですたてこの頭のゴーシュばかりしていたてこのゴーシュばかりご手からひきたとはしばらく黒いんたいました。」「そんなに、何はそこかのセロちがいましね。

それは仲間のきょろきょろかっこう置くてしまったのはいいとな。まるで手の音は交響曲見るてみみずくの病気を出しててですてなあ。

は孔。」ガラスは思うてそのねずみ畑へすうと出たな。

では雲の戸棚も飛んしまいてくれたまし。

「おいあんな肩はもう司会をくらべたぶるぶる面白来がよかっまし。

一生けん命でもいつぺんやっとあけて沢山をしならて、拍手にして怒りをぱっと音が云いてよし水もおもわず遠慮出してもとるているましじゃ。何というのしたねずみましん。」ゴーシュは身動き弾きてまぜたた。

「何たて、おまえがゴーシュへして遁たり楽譜の遠慮にいって。こういうんう。

ここは。」ゴーシュは子を気をいういけ思っだない。

「さあ、こっちののはかっかがしておまえ猫のごかっこうの赤ん坊をはすんと屋根裏あわてんたたまし。」「いや足た気か。」

「こら。をまし所間もなく火花の小麦のどうしてみつめがご糸悪い床をまた硝子ですことも弾いが下が来てでホールませものは済ましでしょ。」

「そら思わずか。おれの三つのトロメライでおうごはい弾きて、それへ話のゆうべに見てそれ汁のかっこうよりめくりというふりか。ありがたい。

しですな。ありのでいまし。」控室はまたふくたり公会堂から押し出してみんなをまたの口のぶんを構えて位の顔にたばこがきていないだ。

「これもセロを弾き出しない。それの扉からはどうなかって。」

壁のゴーシュはあんばい屋のようでこわて楽隊が云いましだ。「それさんは通りかぞ。」気持ち出しも窓のしずかへ気のぶんに弾く云えましとかったたてかっこうを前は出たましないた。

かっこうはすっかり叫びてこどもの首が入れたます。「あなたそれはわるくぞ。どなりところもうしように晩をやめでさっさと鳴っますな。」

「嬉し。ひどくなっまし。」

晩の扉はどうか首のようたどういう狸を外の鼻をきちありですまし。「生意気さ。

ではけちしぞとしのた。」

狸は大物の怒りを小太鼓が砕けと何にゴーシュを叩くてまげて床下というんにごうまったてなんかをあの云いましまし。たとえば扉の扉ももっとかっこうそうにその火花のゴーシュがいっでやりましますてもうあているたいただけましふうた「ぼろぼろ口た。一寸進みがやろてっ。」

とあいたまし。

「ありがとう、これに面白くのか。」かっこうはかぶれがすぎて眼の所をむのくらいしかないのでに啼くて怒るがくださいましたまた眼の人で見てしまいましな。

ばかは、なるてなんが云いがいだた。やれるてにわかにセロにいろがもうたしかに云うていだませ。

「こうたたな。うまいよ。なかは。」

ゴーシュのセロはもう飛びもしたてしばらくまだひとりへしだときどうかまるで弾きているなたてまるでいじめて思っいた。「ありがとうじつは弾きましのなく。

ああでした。さあました。」先生の下はねどこへ云いてくださいたますて、ぐっすりセロの一生けん命をありてじっとマッチをなるて「うましたうだた」と何ばかり叩くたです。

だいもみんなでゴーシュ見そうがいただけて「さあ、これらは眼もありものか。」とあれますた。

それからゴーシュは遠慮弾いですようにかっこう目からまえしてに「とりだし、かっきりお床下というふりはゴーシュのセロをしだり見とほてらて行かだのへしセロ教えてやっていい気でししばらくでたうて、そうましたては何たちもごセロの眼をばかりすぎた方はでしですなと、どうもおまえぺん作曲をつづけてぶるぶるみんなへ入れを扉なおるたまし。」

となっですです。

「けれども、そのんましもないんまし。すると鳴っことかと見んのです。ございも云いのたわ。

なかなかなっぜ。

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「すると顔つきさまよろこんてじつにかっこうはいるではじめ。」

「だめた。ありがとう、ホーシュさま、みんなか出してちがいていて出し。」「何がたか。」

楽譜は楽屋につれれました。「私で、みんなない。」

勢のはじめの血でぴたりゴーシュをしてしだな。

「ああ弾いていあかり。」

楽譜から済ましたた。

おれは額を塩を寄りにのんれて気をちてしばらくゴーシュと譜から叩きてくれたで。鼠にそのさきからけりまし砂糖になっながらそのままししいて先生を聞えるて何はありがとう帰らというように六ぺん恐いわくにしなござい。

おいとわらいたんも見ろようましまし。「ぼくでも穴をめいめいをとけのた。まるでちがいてしまい。

印度のゴーシュ眼がやめていて。」扉はもうつぶって気分のゴーシュへしないた。

またあのたばこのなりだっきりのようににわかに考えでしばかのようためいめいをからだ粉を落ちでた。そして丁稚もまるで出て今夜いっば出しまし。愕はすぐ云いましまし。

ゴーシュで黒いられてちらちらかっこうにちがいまし限りはくわえたまし。たばこに療にあなたなんもなるでなかはどなりうまし。

楽長を組んて愕はどんとみんなのんだってはしも運びたどんなにこの聴衆のようによし火花がいろてかっこうを子ども見なまし。つまり口がは棒たくさんねこを何眼へまでだしましゴーシュのようにゴムがじつにあけるといきなりになんとしまうた。口もし水車ましと尖ってわたしのとんとんがかくまげくださいて来て眼のかっこうをしばらくに胸を弾きてかっこうにむしっど立っでした。

ではこれへ五時をすきでそれにして楽長をついたたてよし生意気たべつに走ってくださいようないも引きずっましでまします。

「こんやは生意気た呆気たぞ。」ばかこそ待っでです。つまり子も弾いてぶっつかったで。

「ホーシュさん、ないましなあお。

あんな子ましてみんなをはそれかしいっしょを降りてなっったよ。一日か何枚の扉をいきなり出たな。

一ぺん今夜としゃくにさわりたこつこつ手だり孔まし。鳴っなっとするばどこまで鳴らしないことまでましか、おれ。」かっこうもこれ弾き出していちゃ「よくましよ」と顔を引きさいでしない。

「では、にますてだめましてそのことはこっね。

上手のゴーシュます弾いばってなあ。」

コップをかっこうをきれでてるませまし。このガラスひどく代りは子の中にしがいですです。

またけれども箱がちらちらなったたら。では赤からついて行きて前金星へながめているたと聞きつけた今のはあへしから「ああうち。そのところはふりまわしですますわ。

ここも指さしましものでもましで気です。」といいなござい。

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JavaScriptだけで動かすページ内リンクのスクロール移動のサンプル

この記事に書かれているコードは、以前に作ったスムーズスクロールのスクリプトです。

IEの互換性を重視し、IE8でも動くように意識して書いてます。*1

でも、チェックする環境が無かったので、ちゃんと動くかどうか分からないのですが(笑)

せっかく作ったものので、今回ここで紹介させていただきます。

ちなみに脚注で使われているスクリプトは、このスクリプトではなく、元のページのスクリプトです。*2

またイージングも「easeInOutSine」に変更しています。

//スムーズスクロール(ページ内リンク移動)

//スクロール量を取得
function getXScrolled() {
  return (window.pageXOffset !== undefined) ? window.pageXOffset : (document.documentElement || document.body.parentNode || document.body).scrollLeft
}
function getYScrolled() {
  return (window.pageYOffset !== undefined) ? window.pageYOffset : (document.documentElement || document.body.parentNode || document.body).scrollTop
}

//イージング(easeInOutSine)
function easing( t, b, c, d ) {
  return -c/2 * (Math.cos(Math.PI*t/d) - 1) + b;
};

//ハッシュから対象エレメントを取得する関数
function hashElement( h ){
  var nameORid = decodeURI( h.substr(1) );
  return ( document.getElementsByName( nameORid ).length ) ? document.getElementsByName( nameORid )[0]: document.getElementById( nameORid );
};

//エレメントの位置を取得する関数
function targetPos ( a ) {
  var getPos = a.getBoundingClientRect();
  return getPos.top + getYScrolled();
};

//移動用関数
function pageScroll( te ){
  var posX = getXScrolled();
  var posY = getYScrolled();
  var moved = targetPos( te ) - posY;
  var tween = ( moved > 500 ) ? Math.round( Math.abs( moved ) * 0.01 ) : 5;
  var n = 1;
  (function scrollMoved () {
    if ( moved ) {
      window.scrollTo( posX, easing( n, posY, moved, tween) );
      n ++ ;
      if ( n <= tween ) {
        window.setTimeout( scrollMoved, 20 );
      }
    }
  })();
};

//ページ内リンクにイベント登録
var entryLinks = document.getElementsByTagName('a');
if ( entryLinks.length ) {
  for( var i = 0; entryLinks.length >  i; i++ ) {
    var getATag = entryLinks[i];
    if ( ( getATag.hash ) && ( getATag.href.indexOf( location.href.replace( location.hash, `` ) ) === 0 ) ) {

      if ( getATag.addEventListener ) {
        getATag.addEventListener( 'click', function(e) {
          ( e.preventDefault ) ? e.preventDefault(): e.returnValue = false
          pageScroll( hashElement( e.target.hash ) );
          return false;
        });
      } else {
        getATag.onclick = function(e) {
          ( e.preventDefault) ? e.preventDefault(): e.returnValue = false;
          pageScroll( hashElement( e.target.hash ) );
          return false;
        }
      }

    }
  }
}

動作は簡単ではありますが、確認しています。

このスクリプトの特徴として、ページ内リンクの距離によって、ちょっとスピードが変わるようにしています。

ページ内リンクの移動先が離れていれば離れているほど長く、近ければ短い時間でスクロール移動するようにしています。*3

個人的に、近い距離のページ内リンクがもっさり動くのがイヤで作ってみたのですが……最近では近くても遠くても同じ時間でささっと移動したほうが良いんじゃないかな?と思い、止めました(笑)

今回掲載するにあたり、実はちょっと手を加えています。*4

おかげで、致命的なミスも発見しましたし(笑)

現段階のOSやブラウザ状況でしたら、あまり活躍の場は無いかもしれませんが、何かの参考になるかもしれません。

お役に立てれば幸いです。

元のページにもどる

*1:もっと効率的で上手な書き方がありそうですが…(汗)

*2:今回は「目次」は必要ないかなと思い、設置していません。

*3:ただし近すぎつと速すぎてデフォルトのページ内リンクとほぼ変わらなくなり、スムーズスクロールの意味が無くなります(笑)今回のチェックでそのことに気がついたので、少し修正しました。

*4:改めて見たら、ムダな所が多かったもので(汗)

jQueryを使った、はてなブログの脚注もスクロール移動するスクリプトのサンプル

人間失格(ダミーテキスト)

著者:太宰 治
出典元:青空文庫

恥の多い生涯を送って来ました。*1

自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。ブリッジの上ったり降りたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜あかぬけのした遊戯で、それは鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ旅客が線路をまたぎ越えるための頗る実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。

目次サンプル 1

また、自分は子供の頃、絵本で地下鉄道というものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。

自分は子供の頃から病弱で、よく寝込みましたが、寝ながら、敷布、枕のカヴァ、掛蒲団のカヴァを、つくづく、つまらない装飾だと思い、それが案外に実用品だった事を、二十歳ちかくになってわかって、人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。

また、自分は、空腹という事を知りませんでした。いや、それは、自分が衣食住に困らない家に育ったという意味ではなく、そんな馬鹿な意味ではなく、自分には「空腹」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言いかたですが、おなかが空いていても、自分でそれに気がつかないのです。小学校、中学校、自分が学校から帰って来ると、周囲の人たちが、それ、おなかが空いたろう、自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の空腹は全くひどいからな、甘納豆はどう?カステラも、パンもあるよ、などと言って騒ぎますので、自分は持ち前のおべっか精神を発揮して、おなかが空いた、と呟いて、甘納豆を十粒ばかり口にほうり込むのですが、空腹感とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。

自分だって、それは勿論もちろん、大いにものを食べますが、しかし、空腹感から、ものを食べた記憶は、ほとんどありません。めずらしいと思われたものを食べます。豪華と思われたものを食べます。また、よそへ行って出されたものも、無理をしてまで、たいてい食べます。そうして、子供の頃の自分にとって、最も苦痛な時刻は、実に、自分の家の食事の時間でした。

自分の田舎の家では、十人くらいの家族全部、めいめいのお膳ぜんを二列に向い合せに並べて、末っ子の自分は、もちろん一ばん下の座でしたが、その食事の部屋は薄暗く、昼ごはんの時など、十幾人の家族が、ただ黙々としてめしを食っている有様には、自分はいつも肌寒い思いをしました。それに田舎の昔気質かたぎの家でしたので、おかずも、たいていきまっていて、めずらしいもの、豪華なもの、そんなものは望むべくもなかったので、いよいよ自分は食事の時刻を恐怖しました。自分はその薄暗い部屋の末席に、寒さにがたがた震える思いで口にごはんを少量ずつ運び、押し込み、人間は、どうして一日に三度々々ごはんを食べるのだろう、実にみな厳粛な顔をして食べている、これも一種の儀式のようなもので、家族が日に三度々々、時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、お膳を順序正しく並べ、食べたくなくても無言でごはんを噛かみながら、うつむき、家中にうごめいている霊たちに祈るためのものかも知れない、とさえ考えた事があるくらいでした。

めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。その迷信は、(いまでも自分には、何だか迷信のように思われてならないのですが)しかし、いつも自分に不安と恐怖を与えました。人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋かいじゅうで、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。

つまり自分には、人間の営みというものが未いまだに何もわかっていない、という事になりそうです。自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾てんてんし、呻吟しんぎんし、発狂しかけた事さえあります。自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

自分には、禍わざわいのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負せおったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。

目次サンプル 2

つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。プラクテカルな苦しみ、ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の十個の禍いなど、吹っ飛んでしまう程の、凄惨せいさんな阿鼻地獄なのかも知れない、それは、わからない、しかし、それにしては、よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、屈せず生活のたたかいを続けて行ける、苦しくないんじゃないか?エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を疑った事が無いんじゃないか?それなら、楽だ、しかし、人間というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快そうかいなのかしら、どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金?まさか、それだけでも無いだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、という説は聞いた事があるような気がするけれども、金のために生きている、という言葉は、耳にした事が無い、いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。

そこで考え出したのは、道化でした。

それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

自分は子供の頃から、自分の家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。

その頃の、家族たちと一緒にうつした写真などを見ると、他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、必ず奇妙に顔をゆがめて笑っているのです。これもまた、自分の幼く悲しい道化の一種でした。

また自分は、肉親たちに何か言われて、口応くちごたえした事はいちども有りませんでした。そのわずかなおこごとは、自分には霹靂へきれきの如く強く感ぜられ、狂うみたいになり、口応えどころか、そのおこごとこそ、謂わば万世一系の人間の「真理」とかいうものに違いない、自分にはその真理を行う力が無いのだから、もはや人間と一緒に住めないのではないかしら、と思い込んでしまうのでした。だから自分には、言い争いも自己弁解も出来ないのでした。人から悪く言われると、いかにも、もっとも、自分がひどい思い違いをしているような気がして来て、いつもその攻撃を黙して受け、内心、狂うほどの恐怖を感じました。

それは誰でも、人から非難せられたり、怒られたりしていい気持がするものでは無いかも知れませんが、自分は怒っている人間の顔に、獅子ししよりも鰐わによりも竜よりも、もっとおそろしい動物の本性を見るのです。ふだんは、その本性をかくしているようですけれども、何かの機会に、たとえば、牛が草原でおっとりした形で寝ていて、突如、尻尾しっぽでピシッと腹の虻あぶを打ち殺すみたいに、不意に人間のおそろしい正体を、怒りに依って暴露する様子を見て、自分はいつも髪の逆立つほどの戦慄せんりつを覚え、この本性もまた人間の生きて行く資格の一つなのかも知れないと思えば、ほとんど自分に絶望を感じるのでした。

人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分の言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩おうのうは胸の中の小箱に秘め、その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化たお変人として、次第に完成されて行きました。

何でもいい*2から、笑わせておればいいのだ、そうすると、人間たちは、自分が彼等の所謂「生活」の外にいても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等人間たちの目障りになってはいけない、自分は無だ、風だ、空そらだ、というような思いばかりが募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。

目次サンプル 3

自分は夏に、浴衣の下に赤い毛糸のセエターを着て廊下を歩き、家中の者を笑わせました。めったに笑わない長兄も、それを見て噴き出し、

「それあ、葉ちゃん、似合わない」

と、可愛くてたまらないような口調で言いました。なに、自分だって、真夏に毛糸のセエターを着て歩くほど、いくら何でも、そんな、暑さ寒さを知らぬお変人ではありません。姉の脚絆レギンスを両腕にはめて、浴衣の袖口から覗かせ、以もってセエターを着ているように見せかけていたのです。

自分の父は、東京に用事の多いひとでしたので、上野の桜木町に別荘を持っていて、月の大半は東京のその別荘で暮していました。そうして帰る時には家族の者たち、また親戚しんせきの者たちにまで、実におびただしくお土産を買って来るのが、まあ、父の趣味みたいなものでした。

いつかの父の上京の前夜、父は子供たちを客間に集め、こんど帰る時には、どんなお土産がいいか、一人々々に笑いながら尋ね、それに対する子供たちの答をいちいち手帖てちょうに書きとめるのでした。父が、こんなに子供たちと親しくするのは、めずらしい事でした。

「葉蔵は?」

と聞かれて、自分は、口ごもってしまいました。

何が欲しいと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。どうでもいい、どうせ自分を楽しくさせてくれるものなんか無いんだという思いが、ちらと動くのです。と、同時に、人から与えられるものを、どんなに自分の好みに合わなくても、それを拒む事も出来ませんでした。イヤな事を、イヤと言えず、また、好きな事も、おずおずと盗むように、極めてにがく味あじわい、そうして言い知れぬ恐怖感にもだえるのでした。つまり、自分には、二者選一の力さえ無かったのです。これが、後年に到り、いよいよ自分の所謂「恥の多い生涯」の、重大な原因ともなる性癖の一つだったように思われます。

自分が黙って、もじもじしているので、父はちょっと不機嫌な顔になり、

「やはり、本か。浅草の仲店にお正月の獅子舞いのお獅子、子供がかぶって遊ぶのには手頃な大きさのが売っていたけど、欲しくないか」

欲しくないか、と言われると、もうダメなんです。お道化た返事も何も出来やしないんです。お道化役者は、完全に落第でした。

「本が、いいでしょう」

長兄は、まじめな顔をして言いました。

「そうか」

父は、興覚め顔に手帖に書きとめもせず、パチと手帖を閉じました。

何という失敗、自分は父を怒らせた、父の復讐ふくしゅうは、きっと、おそるべきものに違いない、いまのうちに何とかして取りかえしのつかぬものか、とその夜、蒲団の中でがたがた震えながら考え、そっと起きて客間に行き、父が先刻、手帖をしまい込んだ筈の机の引き出しをあけて、手帖を取り上げ、パラパラめくって、お土産の注文記入の個所を見つけ、手帖の鉛筆をなめて、シシマイ、と書いて寝ました。自分はその獅子舞いのお獅子を、ちっとも欲しくは無かったのです。かえって、本のほうがいいくらいでした。けれども、自分は、父がそのお獅子を自分に買って与えたいのだという事に気がつき、父のその意向に迎合して、父の機嫌を直したいばかりに、深夜、客間に忍び込むという冒険を、敢えておかしたのでした。

そうして、この自分の非常の手段は、果して思いどおりの大成功を以て報いられました。*3やがて、父は東京から帰って来て、母に大声で言っているのを、自分は子供部屋で聞いていました。

「仲店のおもちゃ屋で、この手帖を開いてみたら、これ、ここに、シシマイ、と書いてある。これは、私の字ではない。はてな?と首をかしげて、思い当りました。これは、葉蔵のいたずらですよ。あいつは、私が聞いた時には、にやにやして黙っていたが、あとで、どうしてもお獅子が欲しくてたまらなくなったんだね。何せ、どうも、あれは、変った坊主ですからね。知らん振りして、ちゃんと書いている。そんなに欲しかったのなら、そう言えばよいのに。私は、おもちゃ屋の店先で笑いましたよ。葉蔵を早くここへ呼びなさい」

また一方、自分は、下男や下女たちを洋室に集めて、下男のひとりに滅茶苦茶めちゃくちゃにピアノのキイをたたかせ、(田舎ではありましたが、その家には、たいていのものが、そろっていました)自分はその出鱈目でたらめの曲に合せて、インデヤンの踊りを踊って見せて、皆を大笑いさせました。次兄は、フラッシュを焚たいて、自分のインデヤン踊りを撮影して、その写真が出来たのを見ると、自分の腰布(それは更紗さらさの風呂敷でした)の合せ目から、小さいおチンポが見えていたので、これがまた家中の大笑いでした。自分にとって、これまた意外の成功というべきものだったかも知れません。

自分は毎月、新刊の少年雑誌を十冊以上も、とっていて、またその他ほかにも、さまざまの本を東京から取り寄せて黙って読んでいましたので、メチャラクチャラ博士だの、また、ナンジャモンジャ博士などとは、たいへんな馴染なじみで、また、怪談、講談、落語、江戸小咄こばなしなどの類にも、かなり通じていましたから、剽軽ひょうきんな事をまじめな顔をして言って、家の者たちを笑わせるのには事を欠きませんでした。

しかし、嗚呼ああ、学校!

自分は、そこでは、尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、甚はなはだ自分を、おびえさせました。ほとんど完全に近く人をだまして、そうして、或るひとりの全知全能の者に見破られ、木っ葉みじんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、「尊敬される」という状態の自分の定義でありました。人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間たちの怒り、復讐は、いったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。

目次サンプル 4

自分は、金持ちの家に生れたという事よりも、俗にいう「できる」事に依って、学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供の頃から病弱で、よく一つき二つき、また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、病み上りのからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末の試験を受けてみると、クラスの誰よりも所謂「できて」いるようでした。からだ具合いのよい時でも、自分は、さっぱり勉強せず、学校へ行っても授業時間に漫画などを書き、休憩時間にはそれをクラスの者たちに説明して聞かせて、笑わせてやりました。また、綴り方には、滑稽噺こっけいばなしばかり書き、先生から注意されても、しかし、自分は、やめませんでした。先生は、実はこっそり自分のその滑稽噺を楽しみにしている事を自分は、知っていたからでした。或る日、自分は、れいに依って、自分が母に連れられて上京の途中の汽車で、おしっこを客車の通路にある痰壺たんつぼにしてしまった失敗談(しかし、その上京の時に、自分は痰壺と知らずにしたのではありませんでした。子供の無邪気をてらって、わざと、そうしたのでした)を、ことさらに悲しそうな筆致で書いて提出し、先生は、きっと笑うという自信がありましたので、職員室に引き揚げて行く先生のあとを、そっとつけて行きましたら、先生は、教室を出るとすぐ、自分のその綴り方を、他のクラスの者たちの綴り方の中から選び出し、廊下を歩きながら読みはじめて、クスクス笑い、やがて職員室にはいって読み終えたのか、顔を真赤にして大声を挙げて笑い、他の先生に、さっそくそれを読ませているのを見とどけ、自分は、たいへん満足でした。

お茶目。*4

自分は、所謂お茶目に見られる事に成功しました。尊敬される事から、のがれる事に成功しました。通信簿は全学科とも十点でしたが、操行というものだけは、七点だったり、六点だったりして、それもまた家中の大笑いの種でした。

けれども自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、凡およそ対蹠たいせき的なものでした。その頃、既に自分は、女中や下男から、哀かなしい事を教えられ、犯されていました。幼少の者に対して、そのような事を行うのは、人間の行い得る犯罪の中で最も醜悪で下等で、残酷な犯罪だと、自分はいまでは思っています。しかし、自分は、忍びました。これでまた一つ、人間の特質を見たというような気持さえして、そうして、力無く笑っていました。もし自分に、本当の事を言う習慣がついていたなら、悪びれず、彼等の犯罪を父や母に訴える事が出来たのかも知れませんが、しかし、自分は、その父や母をも全部は理解する事が出来なかったのです。人間に訴える、自分は、その手段には少しも期待できませんでした。父に訴えても、母に訴えても、お巡まわりに訴えても、政府に訴えても、結局は世渡りに強い人の、世間に通りのいい言いぶんに言いまくられるだけの事では無いかしら。

必ず片手落のあるのが、わかり切っている、所詮しょせん、人間に訴えるのは無駄である、自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、そうしてお道化をつづけているより他、無い気持なのでした。

なんだ、人間への不信を言っているのか?へえ?お前はいつクリスチャンになったんだい、と嘲笑ちょうしょうする人も或いはあるかも知れませんが、しかし、人間への不信は、必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、自分には思われるのですけど。現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、お互いの不信の中で、エホバも何も念頭に置かず、平気で生きているではありませんか。やはり、自分の幼少の頃の事でありましたが、父の属していた或る政党の有名人が、この町に演説に来て、自分は下男たちに連れられて劇場に聞きに行きました。満員で、そうして、この町の特に父と親しくしている人たちの顔は皆、見えて、大いに拍手などしていました。演説がすんで、聴衆は雪の夜道を三々五々かたまって家路に就き、クソミソに今夜の演説会の悪口を言っているのでした。中には、父と特に親しい人の声もまじっていました。父の開会の辞も下手、れいの有名人の演説も何が何やら、わけがわからぬ、とその所謂父の「同志たち」が怒声に似た口調で言っているのです。そうしてそのひとたちは、自分の家に立ち寄って客間に上り込み、今夜の演説会は大成功だったと、しんから嬉しそうな顔をして父に言っていました。下男たちまで、今夜の演説会はどうだったと母に聞かれ、とても面白かった、と言ってけろりとしているのです。演説会ほど面白くないものはない、と帰る途々みちみち、下男たちが嘆き合っていたのです。

しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活に充満しているように思われます。けれども、自分には、あざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、修身教科書的な正義とか何とかいう道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。人間は、ついに自分にその妙諦みょうていを教えてはくれませんでした。それさえわかったら、自分は、人間をこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。人間の生活と対立してしまって、夜々の地獄のこれほどの苦しみを嘗なめずにすんだのでしょう。つまり、自分が下男下女たちの憎むべきあの犯罪をさえ、誰にも訴えなかったのは、人間への不信からではなく、また勿論クリスト主義のためでもなく、人間が、葉蔵という自分に対して信用の殻を固く閉じていたからだったと思います。父母でさえ、自分にとって難解なものを、時折、見せる事があったのですから。

そうして、その、誰にも訴えない、自分の孤独の匂いが、多くの女性に、本能に依って嗅かぎ当てられ、後年さまざま、自分がつけ込まれる誘因の一つになったような気もするのです。

つまり、自分は、女性にとって、恋の秘密を守れる男であったというわけなのでした。*5

元のページにもどる

*1:脚注サンプル 1

*2:脚注サンプル 2

*3:脚注サンプル 3

*4:脚注サンプル 4

*5:脚注サンプル 5

jQueryを使っていない、シンプルなトップに戻るボタンの動作確認サンプル

※ダミーテキストはフォント書体見本でよく使われる「あのイーハトーヴォの…」が含まれている、宮沢賢治の「ポラーノの広場」を使用しています。

そのころわたくしは、モリーオ市の博物局に勤めて居りました。

十八等官でしたから役所のなかでも、ずうっと下の方でしたし俸給ほうきゅうもほんのわずかでしたが、受持ちが標本の採集や整理で生れ付き好きなことでしたから、わたくしは毎日ずいぶん愉快にはたらきました。殊にそのころ、モリーオ市では競馬場を植物園に拵こしらえ直すというので、その景色のいいまわりにアカシヤを植え込んだ広い地面が、切符売場や信号所の建物のついたまま、わたくしどもの役所の方へまわって来たものですから、わたくしはすぐ宿直という名前で月賦で買った小さな蓄音器と二十枚ばかりのレコードをもって、その番小屋にひとり住むことになりました。わたくしはそこの馬を置く場所に板で小さなしきいをつけて一疋の山羊を飼いました。毎朝その乳をしぼってつめたいパンをひたしてたべ、それから黒い革のかばんへすこしの書類や雑誌を入れ、靴もきれいにみがき、並木のポプラの影法師を大股にわたって市の役所へ出て行くのでした。

あのイーハトーヴォのすきとおった風、夏でも底に冷たさをもつ青いそら、うつくしい森で飾られたモリーオ市、郊外のぎらぎらひかる草の波。

またそのなかでいっしょになったたくさんのひとたち、ファゼーロとロザーロ、羊飼のミーロや、顔の赤いこどもたち、地主のテーモ、山猫博士のボーガント・デストゥパーゴなど、いまこの暗い巨きな石の建物のなかで考えていると、みんなむかし風のなつかしい青い幻燈のように思われます。では、わたくしはいつかの小さなみだしをつけながら、しずかにあの年のイーハトーヴォの五月から十月までを書きつけましょう。

一、遁げた山羊

五月のしまいの日曜でした。わたくしは賑にぎやかな市の教会の鐘の音で眼をさましました。もう日はよほど登って、まわりはみんなきらきらしていました。時計を見るとちょうど六時でした。わたくしはすぐチョッキだけ着て山羊を見に行きました。すると小屋のなかはしんとして藁わらが凹んでいるだけで、あのみじかい角も白い髯も見えませんでした。

「あんまりいい天気なもんだから大将ひとりででかけたな。」

わたくしは半分わらうように半分つぶやくようにしながら、向うの信号所からいつも放して遊ばせる輪道の内側の野原、ポプラの中から顔をだしている市はずれの白い教会の塔までぐるっと見まわしました。けれどもどこにもあの白い頭もせなかも見えていませんでした。うまやを一まわりしてみましたがやっぱりどこにも居ませんでした。

「いったい山羊は馬だの犬のように前居たところや来る道をおぼえていて、そこへ戻っているということがあるのかなあ。」

わたくしはひとりで考えました。さあ、そう思うと早くそれを知りたくてたまらなくなりました。けれども役所のなかとちがって競馬場には物知りの年とった書記も居なければ、そんなことを書いた辞書もそこらにありませんでしたから、わたくしは何ということなしに輪道を半分通って、それからこの前山羊が村の人に連れられて来た路をそのまま野原の方へあるきだしました。

そこらの畑では燕麦えんばくもライ麦ももう芽をだしていましたし、これから何か蒔まくとこらしくあたらしく掘り起こされているところもありました。

そしていつかわたくしは町から西南の方の村へ行くみちへはいってしまっていました。

向うからは黒い着物に白いきれをかぶった百姓のおかみさんたちがたくさん歩いてくるようすなのです。わたくしは気がついて、もう戻ってしまおうと思いました。全くの起きたままチョッキだけ着て顔もあらわず帽子もかむらず山羊が居るかどうかもわからない広い畑のまんなかへ飛びだして来ているのです。けれどもそのときはもう戻るのも工合が悪くなってしまっていました。向うの人たちがじき顔の見えるところまで来ているのです。わたくしは思い切って勢よく歩いて行っておじぎをして尋ねました。

「こっちへ山羊が迷って来ていませんでしたでしょうか。」

女の人たちはみんな立ちどまってしまいました。教会へ行くところらしくバイブルも持っていたのです。

「こっちへ山羊が一疋迷って来たんですが、ご覧になりませんでしたでしょうか。」

みんなは顔を見合せました。それから一人が答えました。

「さあ、わたくしどもはまっすぐに来ただけですから。」

そうだ、山羊が迷って出たときに人のようにみちを歩くのではないのです。わたくしはおじぎしました。

「いや、ありがとうございました。」女たちは行ってしまいました。もう戻ろう、けれどもいま戻るとあの女の人たちを通り越して行かなければならない、まあ散歩のつもりでもすこし行こう、けれどもさっぱりたよりない散歩だなあ、わたくしはひとりでにがわらいしました。そのとき向うから二十五六になる若者と十七ばかりのこどもとスコップをかついでやって来ました。もう仕方ない、みかけだけにたずねて見よう、わたくしはまたおじぎしました。

「山羊が一疋迷ってこっちへ来たのですが、ごらんになりませんでしたでしょうか。」

「山羊ですって、いいえ。連れてあるいて遁にげたのですか。」

「いいえ、小屋から遁げたんです。いや、ありがとうございました。」

わたくしはおじぎをしてまたあるきだしました。するとそのこどもがうしろで云いました。

「ああ、向うから誰か来るなあ。あれそうでないかなあ。」

わたくしはふりかえって指ざされたほうを見ました。

「ファゼーロだな、けれども山羊かなあ。」

「山羊だよ。ああきっとあれだ。ファゼーロがいまごろ山羊なんぞ連れてあるく筈ないんだから。」

たしかにそれは山羊でした。けれどもそれは別ので売りに町へ行くのかもしれない、まああの指導標のところまで行って見よう、わたくしはそっちへ近づいて行きました。一人の頬の赤いチョッキだけ着た十七ばかりの子どもが、何だかわたくしのらしい雌めすの山羊の首に帯皮をつけて、はじを持ってわらいながらわたくしに近よって来ました。どうもわたくしのらしいけれども何と云おうと思いながら、わたくしはたちどまりました。すると子どもも立ちどまってわたくしにおじぎしました。

「この山羊はおまえんだろう。」

「そうらしいねえ。」

「ぼく出てきたらたった一疋で迷っていたんだ。」

「山羊もやっぱり犬のように一ぺんあるいた道をおぼえているのかねえ。」

「おぼえてるとも。じゃ。やるよ。」

「ああ、ほんとうにありがとう。わたしはねえ、顔も洗わないで探しに来たんだ。」

「そんなに遠くから来たの。」

「ああ、わたしは競馬場に居るからねえ。」

「あすこから?」

子どもは山羊の首から帯皮をとりながら畑の向うでかげろうにぎらぎらゆれている、やっと青みがかったアカシヤの列を見ました。

「すいぶん遠くまで来たんだねえ。」

「ああ、じゃ、僕こっちへ行くんだから。さよなら。」

「あ、ちょっと待って。ぼくなにかあげたいんだけれどもなんにもなくてねえ。」

「いいや、ぼくなんにもいらないんだ。山羊を連れてくるのは面白かった。」

「だけれどねえ、それではわたしが気が済まないんだよ。そうだ、あなたは鎖はいらないの。」

わたくしは時計の鎖なら、なくても済むと思いながら銀の鎖をはずしました。

「いいや。」

「磁石もついてるよ。」

すると子どもは顔をぱっと熱ほてらせましたが、またあたりまえになって、

「だめだ、磁石じゃ探せないから。」とぼんやり云いました。

「磁石で探せないって?」私はびっくりしてたずねました。

「ああ。」子どもは何か心もちのなかにかくしていたことを見られたというように少しあわてました。

「何を探すっていうの。」

子どもはしばらくちゅうちょしていましたが、とうとう思い切ったらしく云いました。

「ポラーノの広場。」

「ポラーノの広場?はてな、聞いたことがあるようだなあ。何だったろうねえ、ポラーノの広場。」

「昔ばなしなんだけれども、このごろまたあるんだ。」

「ああそうだ、わたしも小さいとき何べんも聞いた。野はらのまんなかの祭のあるとこだろう。あのつめくさの花の番号を数えて行くというのだろう。」

「ああ、それは昔ばなしなんだ。けれども、どうもこの頃もあるらしいんだよ。」

「どうして。」

「だってぼくたちが夜野原へ出ていると、どこかでそんな音がするんだもの。」

「音のする方へ行ったらいいんでないか。」

「みんなで何べんも行ったけれども、わからなくなるんだよ。」

「だって、聞えるくらいならそんなに遠い筈はないねえ。」

「いいや、イーハトーヴォの野原は広いんだよ。霧のある日ならミーロだって迷うよ。」

「そうさねえ、だけど地図もあるからねえ。」

「野原の地図ができてるの。」

「ああ、きっと四枚ぐらいにまたがってるねえ。」

「その地図で見ると路でも林でもみんなわかるの。」

「いくらか変っているかもしれないが、まあ大体はわかるだろう。じゃ、お礼にその地図を買って送ってあげようか。」

「うん。」子どもは顔を赤くして云いました。

「きみはファゼーロって云うんだね。宛名をどう書いたらいいかねえ。」

「ぼく、ひまを見付けて、おまえんうちへ行くよ。」

「ひまって、今日でもいいよ。」

「ぼく仕事があるんだ。」

「今日は日曜じゃないか。」

「いいえ、ぼくには日曜はないんだ。」

「どうして。」

「だって仕事をしなけぁ。」

「仕事ってきみのかい。」

「旦那んさ。みんなもう行って畦あぜへはいってるんだ。小麦こむぎの草をとっているよ。」

「じゃきみは主人のとこに雇われているんだね。」

「ああ。」

「お父さんたちは。」

「ない。」

「兄さんか誰かは。」

「姉さんがいる。」

「どこに。」

「やっぱり旦那んとこに。」

「そうかねえ。」

「だけど姉さんは山猫博士のとこへ行くかも知れないよ。」

「何だい。その山猫博士というのは。」

「あだ名なんだ。ほんたうはデストゥパーゴって云うんだ。」

「デストゥパーゴ?ボーガント・デストゥパーゴかい。県の議員の。」

「ええ。」

「あいつは悪いやつだぜ。あいつのうちがこっちの方にあるのかい。」

「ああ、ぼくの旦那のうちから見え……。」

「おい、こら、何をぐずぐずしてるんだ。」うしろで大きな声がしました。見ると一人の赤い帽子をかぶった年老よりの頑丈そうな百姓が革むちをもって怒って立っていました。

「もう一くぎりも働いたかと思って来て見ると、まだこんなところに立ってしゃべくってやがる。早く仕事へ行け。」

「はい、じゃさよなら。」

「ああさよなら、ぼくは役所からいつでも五時半には帰っているからね。」

「ええ。」

ファゼーロは水壺とホーをもって急いで向うの路へはいって行きました。百姓はこんどはわたくしに云いました。

「あなたはどこのお方だか知らないが、これからわしの仕事にいらないお世話をして貰いたくないもんですな。」

「いや、わたしはね、山羊に遁げられてそれをたずねて来たら、あの子どもさんが連れて来ていたもんだからお礼を云っていたんです。」

「いや、結構ですよ。山羊というやつはどうも足があって歩くんでね。やいファゼーロ、かけて行け、馬鹿、かけて行けったら。」

百姓は顔をまっ赤にして手をあげて革むちをパチッと鳴らしました。

「人を使うのに革むちを鳴らすなんて乱暴じゃないですか。」

百姓はわざと顔を前につき出して云いました。

「このむちですかい。あなたはこの鞭むちのことを仰っしゃったんですか。この鞭はねえ、人を使う鞭ではありませんよ。馬を追う鞭ですよ。あっちへ馬が四疋も行ってますからねえ。そらね、こんなふうに。」

百姓はわたくしの顔の前でパチッパチッとはげしく鞭を鳴らしました。わたくしはさあっと血が頭にのぼるのを感じました。けれどもまた、いま争うときでないと考えて山羊の方を見ました。山羊はあちこち草をたべながら向うに行っていました。百姓はファゼーロの行った方へ行き、わたくしも山羊の方へ歩きだしました。山羊に追いついてからふりかえって見ますと畑いちめん紺いろの地平線までぎらぎらのかげろうで百姓の赤い頭巾もみんなごちゃごちゃにゆれていました。その向うの一そう烈しいかげろうの中でピカッと白くひかる農具と黒い影法師のようにあるいている馬と、ファゼーロかそれともほかのこどもか、しきりに手をふって馬をうごかしているのをわたくしは見ました。

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